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キンコンカは六本木クラブの歴史!

キンコンカは六本木クラブの歴史!

長野県より上京してきたばかりのY.Yさん(23歳)が、「ろくモビ」オフィスへ面談にきてくれたのはお盆前の週末。
現在は地元に帰っている彼女の実のお姉様が、3~4年前まで六本木の某キャバクラと某クラブで働いていたらしく、事前にいろいろと六本木の情報を教えてもらってきたようです。
「ろくモビ」へ面談に来てくれた前日は、その姉からの情報を元に自力でお店を探そうと奮闘したようですが、、、1日で挫折し自力で探すのは断念したY.Yさん。

これ、よくあります。仕方ないことなんです。

3~4年前の情報がそのまま通用するほど六本木はのんびりした街ではありません!
極端に言えば、先週と今日では店舗の状況が激変している事だってある!?そんな街です。3~4年前の情報ですと、さすがに無理があります….。

こんな時こそ我々「ろくモビ」スタッフの出番です!

実際、Y.Yさんがお姉様より教えてもらった4店舗のウチ、2店舗は既に閉店。(1個はけっこう最近です)
さらにもう1店舗(お姉さまが働いていたお店)は、現在お世辞にもおススメできるお店…とは言い難い状況となっています。(でも一応契約先だったりします…)

残るは1店舗。

このお店については、Y.Yさんのお姉様はこのように言っていたそうです。
「六本木の昔からある大きなグループのクラブで凄く古くからあるお店。だけど素人系の女の子も多い!って言われてる。何回かお客様と一緒に行ったけど、いつもビックリするぐらい忙しそうなお店だった!しっかりしたクラブ!といった印象がある…。レストランが有名!」

4店舗の中で、唯一当時と状況が変わっていないお店…
老舗高級クラブ、で大きなグループ系列店!
と言えば、
「キンコンカ」のことです!
(ちなみにY.Yさんは、お姉様より「キンコンかん」と教えられた!と言ってました。。)

老舗!キンコンカ!

当サイト「ろくモビ」でもお馴染みの瀬里奈グループ「キンコンカ」。
現在も続く長きにわたる安定の「忙しさ」は、3~4年前までさかのぼってもなんら変わりはありません。
キンコンカは忙しいお店!というイメージは六本木クラブ業界では当然と言える常識!?

そして、
六本木に一番最初に出来たナイト系のお店は「キンコンカ」である….これもけっこう有名な話しですね。
(私たち「ろくモビ」スタッフもキンコンカの説明をする時はいつもこれ使います)

まずは向かい側の「瀬里奈ビレッジ」と「三経ビル」で、クラブとキャバクラの面接を済ませ、
3店舗目に「キンコンカ」へ。

六本木高級クラブ キンコンカ面接画像

店内を案内するスタッフさんの丁寧な対応!

六本木高級クラブ キンコンカ店内画像

入って左側一段下がったココは定番の面接場所

六本木キンコンカ画像

高級感プラス随所にみられる可愛らしさ

キンコンカ六本木高級クラブの店内

いかにも富裕層が好きそうな空気感です!

一通り面接を終えキンコンカを出ると、
「スゴイです!40年近く前からあるなんて!こういうドラマに出てきそうな老舗って本当にあるんですね~」
「六本木に移転してきたのが40年弱前で、その前は銀座にあったのでもっと古いらしいですよ。たしか50年近い..って聞いたことあります」
「50年!?ですか??想像できないです。どんなん時代だったんですか?戦後?バブルってころとか?その頃の六本木ってどんな感じだったんですか??」
「戦後?(苦笑)いえ、バブルと呼ばれているのはもっともっとず~っと後の話しですよ。どんな感じ….う~ん….。」

…すみません、
私自身も生まれる前のことなので….ナニも答えられず。

後日、体入となったY.Yさんを六本木駅まで見送り、、ふと考えました。
いつも、
「六本木で一番最初にできたお店がキンコンカです。六本木にはまだクラブもキャバクラも一つもなかった時代からあるお店です。」
的なトークをしてますが、、それが正確に何年なのか?それはどんな時代だったのか?その頃の六本木はどんな様子だったのか?
よく考えてみると、まったく知らない….。
六本木エリアに特化する「ろくモビ」スタッフならば、六本木のナイト系の歴史も把握する必要があるのでは!?と思い立ち、まずはキンコンカの歴史についていろいろ調べてみることにしました。

キンコンカが誕生した1968年(昭和43年)

キンコンカの公式な「ロゴ」に刻まれるている「since 1968」という文字。
この1968年というのが、キンコンカが最初に「銀座」の地に誕生した年だそうです。
1968年(昭和43年)、、2015年現在から逆算するとキンコンカが誕生したのは47年前!ということになります。ほぼ半世紀前!というとになりますね。

1968年(昭和43年)の出来事

かなり古い時代の話しなので、、このブログを読んで頂けているであろう年代の方々が、ピンときそうなモノがなかなかありません。。

2月頃に東京は大変な大雪に見舞われて交通機関が完全にマヒ。
東大紛争・日大紛争の発端となる事件‥等、学生運動が激化。
今は当たり前となっている「〒郵便番号」がスタート。
サッカーで銅メダル獲ったメキシコオリンピック。
アニメ「巨人の星」放映開始。
そして、
「3億円事件」があった年ですね。
偽白バイ警官の白黒モンタージュ手配写真は若い方でも見た事あるのでは?
数年前にテレビドラマにもなってましたね。
キンコンカはアノ「3億円事件」があった年に銀座に誕生したんですね。

1968年(昭和43年)の六本木の風景

まずは、2015年8月現在の六本木交差点。
ちょうどゴトウ花屋前のタクシー乗り場あたりから撮影したものです。
2015年8月の六本木交差点
ほぼ同じ場所から撮影したと思われる、1968年の六本木交差点です。1968年の六本木交差点道路の真ん中にヒトが立っていますが、これは都電の駅のようです。道路に都電の線路が見えますね。(なんか怖いですよね?この時代にしてはけっこうな交通量だし。)
首都高速が既にあります!交差点向こう側の右手「~銀行」との看板が見えますが、これは現在の「三菱東京UFJ銀行」。
その反対の左側はだぶん「誠志堂書店」だと思います。(現誠志堂ビル)
この写真では分かりませんが、六本木交差点の向こう側からこちらを見れば、「アマンド」は既に存在しています。

ちなみに、
1968年(昭和43年)当時の大卒初任給は約3万円。
サラリーマンの平均年収が約63万円。

六本木がこんな雰囲気だった、こんな時代にキンコンカは銀座の地に誕生したんですね。

六本木初のクラブ誕生!1978年(昭和53年)

10年後となる1978年にキンコンカは移転し、新たなる地「六本木」でショークラブとしてオープン!
女性が接客するお店、つまり「キャバクラ」や「クラブ」ナイト系のお店が六本木にできたのは、このキンコンカが初!だと言われています。
近隣ですと赤坂などには大型のキャバレーが存在していたと思われますが、六本木には一切存在していなったようです。

1978年(昭和53年)の出来事

キャンディーズ解散。
成田空港(新東京国際空港)がオープン。
スターウォーズ第一作目の公開。
サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でデビュー。
渋谷に「東急ハンズ」がオープン。

1978年(昭和53年)の六本木の風景

2015年8月の六本木交差点

2015年8月、六本木交差点の交番前あたりから撮影

1978年11月の六本木交差点

1978年11月頃(昭和50年代写真帖 街の記憶様より許可を頂き利用させて頂いてます)

アマンド横「芋洗い坂」を挟んだ隣りにまだ「マイアミ」がありますね。
1968年と比べると都電の線路は全て撤去されており、だいぶ現在の姿に近い感じです。

2015年の六本木芋洗い坂

2015年8月、「芋洗い坂」途中の公衆トイレ前あたりから撮影

1978年の六本木芋洗い坂

1978年11月頃(昭和50年代写真帖 街の記憶様より許可を頂き利用させて頂いてます)

37年前の六本木、、この時代に六本木初のクラブとしてスタートしたキンコンカ….こうして見ると改めて歴史を感じます。

1978年(昭和53年)当時の大卒初任給は約10万円。
サラリーマンの平均年収が約200万円。
10年で3倍以上….この10年はまさに「第二次 高度成長期」にドンピシャ当てはまります。

オープン時のDM

当時の店内写真などないものか?と、キンコンカの運営母体となる瀬里奈グループの幹部スタッフ様にお願いしてみたのですが….さすがに当時の店内画像は社内にも残っていないそうです。
そのかわりに、37年前にキンコンカが六本木に誕生した当時に実際に使われていたダイレクトメール(DM)をお借りすることができました。
kinkonka1978-aa2つ折りになっている縦長のDMで、
左が、表の絵の部分を拡大したモノ。
右が、内側のDM文面、2つ折りを開いた状態。

「1978年4月20日」こそが、
我らが「六本木」の地にクラブが初めて誕生した記念すべき日!!

と、いうことになります。

あれ??
この表側の絵…..見た事あります!!
hanakan_club_3649
同じ瀬里奈グループ系列の「花かんざし」VIPルームにあるステンド影絵と同じですね!

キンコンカにまつわるさまざまな伝説

これだけの歴史を誇る「キンコンカ」だけに、
瀬里奈グループ社内にはさまざまな言い伝え?伝説的な話しがあるらしいです。
例えば、、
◆1978年に六本木へ移転してきた時には連日「六本木通り」まで行列が出来た!?
◆同伴のシステムを考え「同伴・どうはん」という言葉をつくり、それを最初に実践したのはキンコンカ!?
◆日本初の「ガールズバー」は実はキンコンカ!?
‥等々。
にわかには信じられなような….また、今となっては確証を得るのが難しい伝説?言い伝え?の数々。
この中で唯一「日本初のガールズバーは実はキンコンカ!?」だけは、キンコンカのオフィシャルサイトにも記載されています。
この件に関して、今回のこの記事の為にいろいろ調べていく内に、驚くべき資料を発見しました!!
kinkonka-lounge0011980年(昭和55年)にオープンした「キンコンカ ラウンジ」のダイレクトメールです。(この時に一旦店内を二つに分けた?ということらしいです..)
これ、、
完全にガールズバーですよね?どう見てもカウンター越しに接客する本格的なガールズバーですよね??

驚きです!!

ウィキペディアによると、

ガールズバー(和製英語:girl’s bar)とはバーテンダーが女性中心のショットバーである。2006年半ば頃に京都で発祥したとされる…ガールズバー – Wikipedia

諸説あるようですが、、さすがに2006年は最近すぎるのでは??
個人的には「90年代終わりごろに、西(京都や大阪)が発祥!風営法の抜け道的な意味合いが強かった…」といった見解を持っていました….。
ですが!
この「キンコンカ ラウンジ」のDMは、35年前の六本木に本格的なガールズバーが存在していたことを証明しています!
(このDMは今回ご協力頂いた幹部スタッフ様と一緒にいろいろ探している時にたまたま見つけたのですが、そのスタッフの方も初めて見たモノらしく、かなり驚いていました。)

歴史とは「信頼」

47年前に銀座に誕生し、37年前に六本木初のクラブとなり、その2年後には日本初?のガールズバーまでもを派生させた「キンコンカ」。
半世紀近く変わらない経営体制「瀬里奈グループ」系列として存続する、まさに老舗中の老舗です!

「キンコンカの客層の良さは六本木トップクラスです」

これも私たち「ろくモビ」スタッフがよく使うトークなのですが、、この「お客様層の良さ」とはキンコンカの歴史と伝統からのみ得られる、永きに渡るお客様よりの絶対的な信頼感があってこそ!
なのかもしれません….。

Y.Yさん、
お盆明けの今週体入することになっているキンコンカとは、調べてみれば私たち「ろくモビ」スタッフも驚く!こんな「歴史」と「伝統」のあるお店なんです!

謝辞
◆瀬里奈グループの某幹部スタッフ様、お忙しい中いろいろとお時間をさいて頂き、このような貴重な資料をご提供くださり誠にありがとうございました。
昭和50年代写真帖 街の記憶の運営者様、大変貴重な画像の利用を快く承諾くださり感謝致します。誠にありがとうございました。(画像掲載ページ

六本木のクラブ…いえ、六本木のナイト業界の歴史はこの高級クラブ キンコンカから始まりました!歴史と伝統、それは他店が簡単には真似ることができない絶大な信頼感として今も尚受け継がれています。
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